菜の花の向こうに、今も物好きな鯉はいるのだろうか。 撮影/1999・5・6



 関田山脈の残雪と千曲川を背景に、春の瑞穂の里は、一面、菜の花の黄色に染め上げられる。この花は、漬物で有名な野沢菜の種子を採るために栽培されている。北竜湖(周囲二キロ、深度八メートル)は、三方を自然林に囲まれた神秘的な湖。古くは早乙女池と呼ばれていた。
 昔、早乙女池の近くには田んぼや畑が広がっていた。田植えの時期になると、若い乙女もみんな作業に駆り出された。そして、仕事の後はかならず池で手足を洗った。川より池の水のほうが温かく気持ちよかったのだろう。
 ある時、池に棲む鯉が岸辺近くを泳いでいると、白い柱が何本も揺れて見えた。近づいてみると、乙女たちが手足を洗っている。鯉はそのなかのすらっとした足の乙女をすっかり気に入ってしまい、毎日夕方になると、ジュンサイの間から乙女の足を見つめていた。しかし、ある日からぱったり乙女は来なくなった。鯉はもう一度、乙女に、乙女の足に逢いたくて気が狂いそうだった。何も手につかないままに一年が過ぎた。
 再び春になり、よろよろと当てもなく泳いでいた鯉は、恋い焦がれた白い足を見つけた。そう、田植えの季節になったのだ。
 喜んだ鯉は乙女を少しの間も見逃すまいと、岸辺に平行に身を置き、すべてを目に焼き付けようと片目をしっかり見開いた。そのうち、物を見る必要のなくなった反対側の目は見えなくなってしまった。
 いつの頃からか、この池には、片目の鯉が棲むといわれるようになった。


◇長野駅で飯山線に乗り換え、戸狩野沢温泉駅で下車。信州バス野沢温泉行きの北竜湖入口で下車、徒歩三〇分。飯山駅、長野電鉄木島駅からも、同じ信州バス野沢温泉行きがある。車なら、国道一一七号飯山中央橋西交差点から大関橋を経て、約一一キロ。